戦国武将・武者人形の戦国堂
この店主の部屋の原稿書きを、多忙を理由にサボっていましたが、気がつくと一昨年の9月から一度も更新していないことに気がつきました。もともとなぜか文章を書く際に推敲を重ね考え込む性質で、極めて筆が遅い方ですが、やはり文才も無いのに「格調高い文章にしよう」などど構えてしまっているからでしょうか、もっと気軽なブログにでも変えようか、などど考えてしまいます。もっとも日記などつけたことのない人間が、いくらラフなスタイルのブログと言え、毎日のように書くことなど土台無理だろうし・・・。結局、今までどおり、気が向いたときに書くことにするか、という結論に落ち着きました。

2010年3月3日
「武田家滅亡と武田勝頼@ -神州天馬侠-」

 私のまだ幼い頃、「神州天馬侠」(原作は吉川英二氏 1967年6月18日から同年12月31日まで放送)という子供向けのテレビ時代劇が放映されていました(そう言えば、私の小学校の頃は、他にも「赤影」とか「素浪人・月影兵庫」など結構子供が見ても楽しめる時代劇がありました)。物語は、お家再興を悲願とする主人公の武田勝頼の遺児・伊那丸が、さまざまな困難を乗り越えながらたくましく成長していくというような話だったと記憶していますが、幼少期の刷り込み効果は絶大で、いまでもその主題歌のメロディーも歌詞もそらんじることができるほどです。


唇噛んで 眉上げて
富士を背に立つ 伊那の若武者
風林火山の旗の下
お家再興 その日まで
男の児なら泣くまいぞ
ああ 神州天馬侠

現在の長野県伊那市

 当時の私のボキャブラリーでは「お家再興」という言葉が理解できず、この部分をしばらくの間、「Oh, Yeah! 最高!」と勘違いしており、全体として何か悲壮感漂う曲調と歌詞なのに、なんで突然、英語が出てきてハイテンションになっているのか、ずっと不思議に思っていたものです。後で父親に聞いて「滅んだ家を復活させることで、この場合の滅んだ家とは戦国時代の武田という家」とわかったわけですが、さらに興味を持って、いろいろ調べたりするうちに、主人公の伊那丸は武田家滅亡時の当主・武田勝頼の遺児であり名門・武田家の再興が悲願であることなどがわかり、あらてめてドラマの時代背景がやっと理解できたように記憶しています。
武田信玄
 そんなわけで、甲斐の武田家については、小学生の頃からある程度知っていましたが、その後のNHK大河ドラマ「天と地と」の影響もあって、あくまでも興味の中心は武田信玄に移ってしまい、信玄亡き後の武田家の滅亡については、織田信長や徳川家康サイドから書かれた歴史小説やドラマなどを通して知る程度(例えば、長篠の合戦)で、滅亡に至る詳しい過程や武田勝頼という武将については、ほとんど特別な関心を抱くこともありませんでした。

 最近になって、武田勝頼という武将をふと思い出したのは、旅行で長野県の諏訪や伊那地方を訪れたのがきっかけで、いろんな史跡を巡るうちにあちこちで目にする「武田勝頼」の文字に、「そう言えば、武田家滅亡時の当主・勝頼が青春時代を過ごしたのが確かこのへんだったなあ」とあらためて興味を抱いた次第です。

武田勝頼 諏訪御料人を母に生まれ(生まれは甲斐の躑躅ヶ崎館)、諏訪氏の名跡を継ぎ、伊那の郡代を勤めた武田勝頼にとって、信州は第二の故郷であり、武田宗家の実質的当主として甲斐に移ってからの苦難を思えば、若い頃の信州での半生は彼の最も充実した幸せな時間でもあったことでしょう。伊那地方を訪れたのは初めてだったのですが、中央・南両アルプスの雪を抱いた姿を望む山河の美しく神々しい光景は強烈な印象として私の脳裡に残っています。こんな雄大で清く美しい伊那の地で多感な青春時代を過ごした勝頼も、きっと勇敢なだけでなく真直ぐでスケールの大きな若武者に成長したに違いない、と思えるほどです。
(つづく)
武翔

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